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マラソン大会
今日は毎年好例のマラソン大会が、
鶴見緑地公園で行われた。
今年は例年よりも寒く、
いつもより沢山着こんで
通路に案内で立っていても寒さがひしひしと感じられた。

通路に立っているとある見知らぬ老婆が声をかけてきた。

生徒たちが元気に走る姿を見てうらやましいとおっしゃっていた。

話を聞くとその人は、生まれながらに心臓に奇形があり、
小学校以来体育の授業は、
影に隠れての見学だったそうである。
成人してから心臓を手術したそうである。

健康な身体があってこそのマラソン大会

今年はまた違った見方ができた冬の一日であった。

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徳川家康から学ぶこと
授業では、関ヶ原の戦いから江戸幕府の始まりを勉強している。

教科書には、関ヶ原の戦いはその事実の身の記載で、
それに至るまでの背景については触れらていない。

家康が如何にして三成をおびき出したのかは触れられてはいない。

その策士たる家康の策略は、中学生には難しいかも知るないが、
敢えてひとの心理の裏側を読み取る勉強として、
漫画を使った教材を使い、時間をかけてやっている。

部分部分に設問を置き、生徒の思考を確かめながら授業を進めると、
この学年の生徒は例年にもまして良く考え食いついてくれる。

先行き不透明なこの時代であればこそ、
ひとの心理の奥深くを読み解く力が求められる。

この力は、理数教育の中では育成されない。

歴史教育に代表される人文科学教育の中でこそ身に付けられるものである。

今後の日本には、理数教育以上に人文科学教育の充実に力を注がなければ、
日本を取り巻く緊迫した国際情勢に対処しうる人材は育たないだろ。


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生命の学習のまとめ
今日の1時限めは、これまでやってきた生命の学習のまとめを行った。

最初の15分程度は、男女別に別れて指導した。

男らしさとは何か、本当のやさしさとは何かを問い掛けた?

男らしさと聞いてすぐに連想したのは「男子の本懐」という
言葉である。

男には成し遂げるべき使命があり、それを成し遂げることが
「男子の本懐」である。

日本には、元来武士道の精神がある。

男にはただの優しさ以上のものが求められる。

よく「愛」という言葉が好んで使われる。

ある年のNHKの大河ドアラマは、戦国時代に「愛」と
いうテーマを持ち込んだが、視聴率は低かった。

やはり日本の文化に愛は馴染みにくいののであろう。

元来「愛」は西洋キリスト教文明の所産であると考える。



神の無償の愛である「アガペー」にその端緒をもつ。

われわれ日本人を含む東洋人には、キリスト教文明
以前に儒教文明があった。

その優しさ(思いやり)こそ「仁」である。
そして人がとるべき道筋である「義」がある。

いつの間にか日本人の心からこの「仁」と「義」
なくなってしまったように思える。

私は男子に求められる本当の優しさこそが「仁」であり
強さが「義」であると思う。

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職場体験の訪問先
職場体験の訪問先事業所の選定作業も大詰めを迎えた。

特定業種への希望者が偏り、調整に時間がかかっている。

やはり、生徒達が好みそうな業種であり。

自分の趣味の延長線上で考えているようだ。

仕事と趣味

自分の趣味や特技を活かした仕事を生涯続けられることほど幸せなことはない。
しかし現実はそうではない。

趣味を活かした仕事に就くのが夢と考え、
夢をあきらめられずに、趣味と仕事の両立のため、
正規雇用の道を自ら閉ざしている人もいることだろう。

現実の厳しさこそ、キャリア教育の原点であると考える。

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「イン」してる
昨日今日は、季節本来の蒸し暑い日が続いた。

校内では、いつもジャージに着替えているが、この暑さで上のジャージを脱ぎ、半袖のポロシャツ姿で仕事をしていた。

すると、その姿を見て多くの生徒が、「イン」していると驚いた様子で声をかけてきた。

彼ら彼女らにとって、ポロシャツの裾を入れているのが奇異に感じるのだろう。
職員室には、カッターシャツの裾を出したままにしているひともいるくらいで、
出すのが当たり前になってきているようだ。

裾を出すのがだらしない事として、入れるよう指導して来た日が懐かしい。

その頃はカッターシャツにブレザーだった。

学校の制服はホワイトカラー層を意識して作られてきた。

ところが、どうせ裾を入れずだらしなく着るのなら、ということで、
裾を入れなくてすむポロシャツに変えられていった。

明日は、社会見学で大阪市内堺筋本町のオフィス街にある「企業家ミュージアム」へ下見に行く。

ここには、裾を出して歩く人の姿は見られないだろう。

学校とオフィス街とのギャップを感じる。

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